2022年9月13日に開催しました「食品業トレーサビリティの実態と取り組み」での講演「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」についてレポートいたします。
食品事業者にとって食品のトレーサビリティは、事故発生時の迅速な製品回収や原因究明に備えるためのツールとして、また原産地などの表示の正確性を検証する手段としても重要です。
本講演では食品トレーサビリティの目的、食品衛生法・食品表示法を含む法令上の要件を整理し、事業者にとっての取組の基本、最近の取組状況の調査結果について解説いただきました。
トレーサビリティが必要になった背景
主な食品事件・事故の経験とトレーサビリティを求める法令等
日本では、2000年前後にO157による食中毒や表示偽装等、食品関係の事件・事故が相次いだ際、原因の特定、撤去・回収、真相解明等が十分にできなかったことを受け、食品のトレーサビリティへの関心が高まり、2003年ごろからトレーサビリティに関連する法令やガイドライン等が整備されてきました。世界的にも同時期にBSE等の問題が発生、トレーサビリティの要件を含む法令の整備、国際規格の策定等が進められました。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
トレーサビリティが求められるようになったわけ
食品関係の事故等が起きたとき、該当する食品の扱いがない事業者にも被害が及ぶことがありますが、トレーサビリティを導入していれば、取引先や消費者に事故に関連する食品を扱っていない旨明示できますし、回収や原因調査の必要が生じても迅速な対応ができます。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
食品トレーサビリティとは
「食品のトレーサビリティ」の定義
2004年、コーデックス委員会が、食品のトレーサビリティを「生産、加工および流通の特定の一つまたは複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること」と定義しました。
製造業という一つの段階での原料から製品への移動の把握も、サプライチェーンを通した食品の移動の把握も、この定義に含まれます。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
一方、チェーントレーサビリティとは複数の段階を通して製品の移動の把握できることで、これには各段階の協力が必要です。加工段階であれば原料の入荷から製品の出荷までのトレーサビリティを確保します。各段階の事業者がそれぞれの範囲で取り組むことで、チェーントレーサビリティが実現します。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
食品トレーサビリティを求める法令
トレーサビリティの義務づけに関わる日本の法律
トレーサビリティ関連の法律には食品全般に関するものと品目固有のものがあり、前者は食品衛生法と食品表示基準に定められた規定、後者は牛肉トレーサビリティ法、米トレーサビリティ法、水産流通適正化法です。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
食品衛生法による記録の作成・保存・提供の責務
2003年、食品衛生法に第3条2と3が新設され、記録の作成・保存と、要請があった場合の国や都道府県への記録の提供が努力義務とされました。「食品衛生法第1条の3第2項の食品等事業者の記録の作成及び保存に係る指針」で記録すべき事項が段階別に示されています。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
食品表示法に基づく「食品表示基準」における記録の保存
食品表示基準第41条の2では、食品の表示に関する情報が記載された書類の整備と保存が事業者の努力義務とされています。これは偽装表示事件を受けて2008年に設けられたものです。保存すべき書類の詳細はこの基準のQ&Aにあります。
下の図に引用したQ&Aに、「例えば」と①から示された書類のうち、①の仕入れた食品の納品書や送り状などが「入荷の記録」、②の小分け・製造した製品の仕様書・指示書・製造記録などが「内部トレーサビリティの記録」、③の販売した食品の名称が書かれた送り状、納品書、規格書が「出荷の記録」にあたります。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法)
この法律では、国が国内の牛に割り当てた10桁の個体識別番号を、牛に限らず牛肉にも個体識別番号を表示させ、仕入先や出荷先等も個体識別番号に紐づけて記録する旨定められています。
米トレーサビリティ法(米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律)
2008年にカビ毒に汚染されるなどして食用にすることを禁止された輸入米が食品向けに流通していたことが発覚、国の追跡調査の経験を経て成立したのがこの法律です。米に限らず米の加工品や外食で提供される米飯類、弁当等も対象で、生産者を含め、対象品目を取り扱う全ての事業者に適用されています。
この法律でのトレーサビリティの要件は、入荷の記録、出荷の記録とも、基本的に伝票等の保存でおおむね対応可能な内容ですが、米の産地の記録も必要であることに注意が必要です。表示等による米の産地情報の伝達も義務付けられており、外食業者は掲示による情報伝達も可能です。
水産流通適正化法
水産流通適正化法は2020年に成立、本年(2022年)12月から義務づけが始まります。
この法律では、国内で違法かつ過剰に採捕されるおそれの大きい魚種を「特定第一種水産動植物」と定めており、制度開始時点ではナマコとアワビが該当します。ナマコ・アワビやその加工品を取り扱う事業者に対し、漁獲番号等の伝達、漁獲番号等を含む取引記録の作成・保存、輸出時の証明書の添付等を義務付けます。
この特定第一種水産動植物を対象とする制度のポイントは、漁業者や漁協が割り当てた漁獲番号を、各段階の事業者が記録し伝達することです。加工・流通段階の事業者にも川上の段階で付された漁獲番号の伝達を義務付けることにより、漁獲番号がない、つまり密漁由来の可能性のある国産のナマコやアワビの流通を予防する狙いがあります。
一方、輸入品への規制もあります。IUU漁業(違法・無報告・無規制で行われる漁業)由来の水産物を輸入してしまうおそれの大きい魚種を「特定第二種水産動植物」と定め(制度開始時点ではイカ、サンマ、サバ、マイワシ)輸入時にその原魚を捕獲した漁船の船籍の政府機関が発行した漁獲証明書を添付することを義務付けます。
食品トレーサビリティの法的要求 欧州・米国・中国・日本の比較
EUやアメリカ、中国でも、いろいろな事件・事故を経験した結果、食品全般を対象に基礎的なトレーサビリティを義務付ける法令が定められています。これらと比較すると、日本の法令には、一部の食品については義務づけているものの、多くの食品については努力義務にとどめているという特徴があります。
トレーサビリティ導入の目的、基本的な取り組み、効果
トレーサビリティ導入の目的
法令による義務付けのない一般の食品でトレーサビリティを導入する場合、複数の段階を通したトレーサビリティであれば取引する事業者間で、また1つの段階でのトレーサビリティであれば事業者ごとに、何を目的にどのような取り組みをするのか検討します。トレーサビリティ導入の代表的な目的としては、食品安全上の問題発生時の迅速な撤去・回収、事故の原因究明、表示の正しさの検証、流通経路の透明性の確保等が挙げられます。
1つの段階でのトレーサビリティでも、社内のさまざまな部署の業務と関係しますので、まず目的を関係者が検討し決める必要があります。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
記録する情報の選択
受入(入荷)、内部行程、出荷等の記録に、食品の識別記号(ロット番号)とともに、プロセスの履歴や状態の履歴等を付加することで追跡が可能となります。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
「食品トレーサビリティ実践的なマニュアル」
ロットの定義(何を1つのロットとして定めるか)も含め、トレーサビリティ導入の参考資料として、「食品トレーサビリティ『実践的なマニュアル』」が農林水産省のサイトで公開されています。中小事業者でトレーサビリティに関連する手順や記録の様式の作成・管理を担当する人を読者として想定しています。情報システムの導入を前提とせず、ITの活用は事業者ごとに検討できるようになっています。
▼食品トレーサビリティ「実践的なマニュアル」▼
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/#4
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
「食品トレーサビリティ実践的なマニュアル」取組みのステップ
このマニュアルの業種別の「各論」は事業者の状況に合わせてステップアップできるように解説されています。ステップは3段階で、各ステップの取組要素は、ステップ1が入荷の記録と出荷の記録。ステップ2が入荷品の識別、生産・製造した製品の識別。ステップ3はステップ2で付したロット番号の対応づけです。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
また、このマニュアルの「取組手法編」は各取組要素の帳票の見本を掲載しています。
内部監査の手段
識別や記録と併せてトレーサビリティの確保の状況を確認するモニタリングや監査も重要です。監査の手段としては、①手順どおりに作業が行われているかの「モニタリングの結果の確認」、②移動を製品から原料、原料から製品の双方向でたどれるか記録上で試す「遡及・追跡の確認」、③製造前後の数量に異常な増減がないか確認する「数量会計」の3つがあります。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
食品トレーサビリティの取組状況
農林水産省委託のアンケート調査の結果から
当法人では昨年度、農林水産省の委託により食品製造業2,000社を対象にアンケート調査を実施。813社から回答を頂き、結果は現在、農林水産省のホームページで公開されています。
食品トレーサビリティと原産地表示の取組状況アンケート調査結果 報告書
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/attach/pdf/index-14.pdf
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
日本の食品製造業者の取組状況~入荷記録への原材料のロットの対応づけ~
入荷記録を保存していないと回答した会社は0.1%で、一定の割合の事業者が原材料のロットを特定できる情報をお持ちでした。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
日本の食品製造業者の取組状況~製造の記録の作成・保存~
事業者の規模により多少差はあるものの、製造・加工に関する記録を保存していないのは全体では2%のみでした。記録媒体は複数回答で、様式へ記録し書類として保存が94%、電子データで保存が31%でした。規模が大きな事業者ほど電子データの割合が高い傾向がありますが、入・出荷の記録と比べて製造記録等は、デジタル化の難易度が高く推進の過程にあると解釈できます。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
日本の食品加工業者の取組状況~出荷記録への製造ロットの対応づけ~
出荷を記録していない事業者もさほどなく、全体の約70%が記録により製造ロットを特定可能とのことでした。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
農林水産省「失敗しない!加工食品の原材料表示」
「失敗しない!加工食品の原材料表示」というタイトルの資料が農林水産省のサイトで公開されており、食品トレーサビリティと原材料表示の適正化を一体的に取り組む際の要点や記録様式の見本等が掲載されています。
講演資料:「食品のトレーサビリティ ~導入の背景・目的、法令、取組みの基本、最近の調査結果~」より
おわりに
2000年前後と比較して、食品トレーサビリティの欠如を問われる大きな事件・事故が発生していないことは幸いですが、トレーサビリティに関する意識の低下が懸念されます。とはいえ、本年年初にはアサリの産地偽装の発覚がありました。今後、加工・製造業では、サステナブルな原材料の使用を謳う製品も増えると予想されます。事件・事故への対応だけでなく、伝達する情報の根拠を示すためにも十分なトレーサビリティの確保が大切です。
一般社団法人
食品需給研究センター
酒井 純氏
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