原価管理

食品製造業 × 働き方改革:現状と課題、具体的施策の最前線

1. はじめに

食品製造業は、日本の食文化と産業の根幹を支える重要な分野であり、品質や安全性の確保とともに、多品種少量生産や短納期対応などの要求を満たす必要があります。しかし、近年、食品製造業はさまざまな課題に直面しています。特に労働力不足長時間労働技術継承の難しさといった問題が深刻化しており、これらを解決するために「働き方改革」の必要性が高まっています。

日本全体の労働人口は減少し続けており、特に製造業は慢性的な人手不足の業界の一つとなっています。また、食品製造業は、工場の24時間稼働が求められるケースも多く、労働環境が厳しいというイメージが根付いています。その結果、若年層の就業敬遠が進み、人材確保が一層困難になっています。

このような背景を踏まえ、本コラムでは、食品製造業が抱える現状と課題を整理し具体的な解決策を提示していきます。特に、デジタル技術の活用や他業界での成功事例を応用した方法を取り上げ、持続可能な働き方改革の推進を図ります。

2. 食品製造業における働き方改革の背景

2-1. 労働力不足の深刻化

食品製造業では、労働力不足が年々深刻化しており、特に以下の要因が影響を及ぼしています。

(1) 少子高齢化による労働人口の減少
日本の総人口は減少し続けており、2022年には1億2500万人を下回りました。特に15歳~64歳の生産年齢人口が減少しており、労働力の確保が難しくなっています。

(2) 若年層の就業敬遠
食品製造業は、「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強く、特に若年層の就業希望者が減少傾向にあります。
また、新卒者の食品製造業への就職希望者数は他の業種に比べて低いことが統計データからも明らかになっています。労働環境の改善や、企業イメージの向上が求められます。

(3) 高齢化による熟練工の減少
食品製造業の従業員の平均年齢は年々上昇しており、50歳以上の従業員が全体の40%以上を占める企業もあります。
熟練工が退職することで、これまで蓄積されてきたノウハウが失われ、生産性の低下を引き起こすリスクが高まっています。

2-2. 長時間労働の是正

食品製造業では、長時間労働が常態化しており、ワークライフバランスの確保が難しい業界となっています。

(1) 受注生産のための短納期対応
食品は消費期限があるため、需要の変動に応じた生産調整が必要です。繁忙期には急な受注対応や生産調整が発生し、長時間労働につながります。
特に、クリスマスや年末年始などの繁忙期には、通常よりも労働時間が20~30%増加することもあり、従業員への負担が大きくなっています。

(2) 24時間稼働の工場の負担
食品工場は24時間稼働が求められるケースも多く、交代制勤務が一般的です。しかし、夜勤や不規則なシフトによる体力的な負担が大きく、従業員の定着率が低下する要因となっています。

2-3. 技術継承の難しさ

食品製造業では、長年の経験や勘に頼った職人技が多く、技術の標準化が進んでいない企業もあります。

(1) 職人技に依存する作業の多さ
熟練工の経験やノウハウに依存する作業が多く、新人の育成が難しい環境が続いています。標準化が進んでいないことで、新人がスキルを習得するのに時間がかかり、生産効率が上がらないという問題が発生しています。

(2) 新入社員の定着率が低い
食品製造業は離職率が高く、3年以内の離職率が30%を超える企業もあります。労働環境の改善とともに、従業員のキャリアパスを明確にすることが求められています。

3. 食品製造業の働き方改革を実現する具体的な施策

3-1. 労働力不足解消に向けた取り組み

(1) 自動化・ロボット導入による省人化

  • AI搭載の食品加工機の導入
    → 例えば、精密な裁断や成形作業をロボットが行うことで、人手による作業負担を軽減できる。
  • 搬送ロボットの活用
    → 重い食材や製品を運搬する工程を自動化し、作業員の負担を削減。

(2) 多様な人材の活用

  • 外国人技能実習生・特定技能外国人の受け入れ
    → 言語サポートシステムを導入し、教育コストを削減。
  • 女性・シニア層の活躍推進
    → 軽作業工程の拡充。

(3) 採用活動の強化

  • SNSを活用した情報発信や工場見学ツアーの実施
    → 若年層の求職者に対して企業の魅力を発信することで、採用のハードルを下げる。
  • リファラル採用(社員紹介制度)の活用
    → 社員が知人を紹介することで、定着率の高い人材を確保。

3-2. 長時間労働の是正

長時間労働の常態化は、食品製造業において特に深刻な問題の一つです。シフト勤務や短納期対応の影響で、特に繁忙期の残業時間が長くなる傾向にあります。これを解決するための具体的な施策を紹介します。

(1) シフト制度の見直し
シフト制度の見直しは、長時間労働を是正するために最も重要な施策の一つです。

  • ダブルシフト制の導入
    → 1人当たりの労働時間を短縮しつつ、生産量を維持するために、交代制のシフトを活用。
  • 変形労働時間制の導入
    → 繁忙期の所定労働時間を⻑くする代わりに、閑散期の所定労働時間を短くして、業務の繁閑や特殊性に応じて、労使が工夫しながら労働時間の配分を⾏い、全体の労働時間を短縮。
  • 勤務時間のフレキシブル化
    → 業務の負荷が集中する時間帯を可視化し、必要な時間帯に人員を最適配置することで、過度な労働時間の偏りを防ぐ。
  • 時間有給の導入
    → 通院やプライベート時間の確保なども柔軟にとれるようになり、両立しやすくなる。

(2) デジタルツール活用による業務効率化
テクノロジーを活用することで、食品製造業における作業負担を軽減し、長時間労働を削減できます。

  • IoTを活用した作業進捗管理システム
    → 作業のボトルネックを可視化し、無駄を削減。リアルタイムで生産状況を把握し、必要な人員の配置を最適化。
  • AI予測による生産計画の最適化
    → 需要予測の精度を向上させ、不要な残業を減らす。特に短納期対応においてAIを活用することで、無駄な生産を削減。
  • 業務プロセスの見直し
    → 工程ごとの作業負担を分析し、効率化を進める。例えば、作業の分業化や自動化を進めることで、一人当たりの作業量を削減。

(3) 残業削減に向けたインセンティブ制度
労働時間を適切に管理し、過度な残業を削減するためには、従業員の意識改革も必要です。

  • 時短勤務を促進する報酬制度
    → 残業時間を減らした従業員に対して、成果に応じた報酬を支給する。
  • 生産性向上を評価する制度の導入
    → 作業効率化に貢献した従業員を評価し、インセンティブを提供することで、業務改善のモチベーションを高める。

3-3. 技術継承の効率化

熟練工の退職による技術継承の難しさは、食品製造業において喫緊の課題となっています。特に、経験や勘に依存する職人技が多いため、新入社員のスキル習得が遅れる傾向があります。

(1) DX(デジタルトランスフォーメーション)の活用
技術継承を効率化するために、デジタル技術を活用した以下の施策が有効です。

  • 動画マニュアルの導入
    → OJTの負担を軽減し、標準化された技術を継承。動画による教育を行うことで、習熟度のバラツキを抑え、新人の定着率を向上。
  • VRトレーニングの活用
    → 仮想空間で実践的な作業訓練を行い、新人のスキル習得を加速。特に、食品の取り扱いや衛生管理・安全管理の訓練に有効。

(2) スキルマップによる教育プログラムの整備
従業員ごとのスキルレベルを可視化し、育成プログラムを設計することで、効果的な教育を行う。

  • メンター制度の導入
    → ベテラン従業員が若手を指導し、知識と経験を効率的に継承。
  • 社内教育の充実
    → 定期的な技術研修を実施し、従業員のスキル向上を図る。
  • スキルマップの作成
    → 従業員が持つスキルをリスト化し、それぞれの習熟度を可視化した一覧表を作成。

3-4. 生産管理システム・原価管理システムの活用

食品製造業における働き方改革の成功には、生産管理システムや原価管理システムの導入も効果的です。これらのシステムを活用することで、生産性向上・コスト削減・長時間労働の是正を実現できます。

(1) 生産管理システムの活用
生産管理システムは、製造工程全体をデジタル化し、計画から実行までを一元管理することで、業務の最適化を図ります。

  • 作業進捗のリアルタイム管理
    → IoTセンサーと連携し、各工程の進捗状況をリアルタイムで可視化。どの工程が遅れているのかを即座に把握し、遅延防止対策を講じる。
  • AIによる工程分析とボトルネック解消
    → 稼働データを解析し、生産効率を低下させる要因(手待ち時間、機械停止、人的ミスなど)を特定し、改善。

(2) 原価管理システムの活用
食品製造業では、コスト管理が重要課題のひとつです。原価管理システムを導入することで、原材料費・人件費・設備費を正確に把握し、収益性を最大化できます。

  • 原材料コストの最適化
    → 仕入れ価格の変動をリアルタイムで管理し、最適な発注タイミングを算出。
  • レシピ管理と原価分析の連携
    → 各レシピの原材料使用量とコストを自動計算し、利益率の高い商品開発を支援。

4. まとめ

食品製造業における働き方改革は、労働力不足の解消生産性向上技術継承の効率化を目指すものです。デジタル技術の活用やシステム導入による業務効率化は、持続可能な経営につながります。

  • 労働力不足の解消
    → 自動化の導入、多様な人材の活用、柔軟なシフト制度の導入
  • 長時間労働の是正
    → 業務効率化、デジタルツールの活用、インセンティブ制度の導入
  • 技術継承の効率化
    → DX活用、メンター制度、スキルマップ・育成計画の整備
  • 生産管理システム・原価管理システムの活用
    → 生産状況・時間・コスト・無駄の可視化と改善

これらの施策を通じて、食品製造業の未来を支え、より良い職場環境の構築が可能となるでしょう。

【参考】
●人口減少推移
【総務省統計局】https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html
【総務省統計局】https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2022np/index.html
●新卒者の就職敬遠
【厚生労働省】(43ページ:新規学卒者のうち製造業への入職者数及び製造業への入職割合の推移)https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2024/pdf/honbun_1_2_1.pdf
●熟練工の減少
【総務省】(18ページ:若年就業者(34歳以下)数の推移&高齢就業者(65歳以上)数の推移)https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2024/pdf/gaiyo.pdf
【内閣府】(27ページ:高齢化の推移と将来推計)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/pdf/n2100000.pdf
●労働時間制度の一覧
【厚生労働省】(9ページ:労働時間制度の一覧)https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/koyou/2019/191226jinzai01.pdf

小松 加奈
 執筆者 
技術士 経営工学部門
利益改善コンサルタント
資格・スキル活用コンサルタント
技術士合格講師
小松 加奈 氏
【 講師プロフィール 】
日系大手製造業に勤務しながら(2007年新卒入社、技術系総合職)、複業として個人事業も展開している。
工場現場担当者の経験もある、現役会社員の技術士。最前線で『リアルタイム』の『現場』『現物』『現実』『最新技術』と日々向き合っている。
勤務先では、開発部・工場(開発課・製造課・生産管理課)・商品部・生産本部生産管理部にて、工場現場から、本部での管理業務、生産原価管理システム構築、新設工場の生産管理業務構築まで務める。原価改善プロジェクト多数実施。改善・原価教育多数実施。
個人事業では「製造業特化型コンサルティング」「完全カスタマイズ型コンサルティング(全業種対象)」「資格・スキル活用コンサルティング」「技術士合格講座(一般部門全20部門対象)」を展開。
科学技術分野の文部科学大臣表彰(文部科学省主宰)の技術審査員も務め、400件以上の製造業改善事例を審査。
利益改善に関するコンサルティングや、合格に導く技術士受験指導にも定評がある。
【 資格 】
技術士(経営工学部門)、第一種衛生管理者、ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士、フォークリフト運転技能、フードコーディネーター 他
■YouTubeチャンネル
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