業務改善

食品製造業における“継続化”の実践設計
~仕組みと組織づくりで、改善を現場に根づかせる~

「改善したはずの現場が、気がつけば元に戻っている」——この現象は、食品製造業において決して珍しいことではありません。むしろ、「改善が一時的な盛り上がりで終わる」ことが当然になってしまっているケースさえ、現場では頻繁に見受けられます。

なぜ改善は続かないのか?なぜ「やったはずのこと」が、定着しないのか?そして、どうすれば改善を“続くもの”に変えられるのか?

本稿では、食品製造業ならではの構造的な課題をふまえながら、改善を継続させる仕組みと組織運用のあり方について、現場で使える考え方と実践例を交えて紹介していきます。

1. 改善が「続かない」本質的な理由

現場における改善が定着しない要因は、決してひとつではありません。しかし、いずれにも共通するのは、「継続される仕組みが最初から設計されていない」という点です。
以下のような場面に、心当たりはないでしょうか?

  • チェックシートの記入が「作業の証明」になっているが、実際には実施されていない
  • 作業者が改善内容を理解しきれず、納得もしていないため、元のやり方に戻してしまう
  • そもそも改善された内容が、現場全員に正しく共有されていない
  • 改善の背景や狙いが、時間とともに忘れられ、形骸化してしまう
  • マニュアルが存在しても、「読まれない」「理解されない」「すぐ使えない」
  • 経営層の意識が低く、改善しても評価されず、やる意味を感じにくい

特に食品製造業では、HACCP対応や異物混入対策、アレルゲン管理といった“ミスが許されない要素”が多いため、本来ならば「継続」は極めて重要なテーマであるはずです。にもかかわらず、改善内容が現場で自然とフェードアウトしていくのは、現場の“忙しさ”と“属人化”が重なり、仕組みに落とし込まれていないからです。

改善を一過性にしないためには、「続く設計」こそが肝となるのです。

2. 「継続化」を実現する4つの技術的アプローチ

ここで、改善を継続させるための技術的な枠組みを整理してみましょう。現場で実際に効果を上げている“4つの柱”は、次のとおりです。

2-1. 記録と可視化の仕組みを作る

改善の実施状況を記録する手段として、紙のチェックリストや作業日報も依然として使われていますが、それだけでは限界があります。近年では、「写真+タイムスタンプ」という手法が急速に普及しつつあります。この方法の強みは、“やったことの事実”を視覚と時間の証拠として残せる点にあります。
とくに食品業界では「やったつもり」が重大事故につながるため、証拠性のある記録が求められています。

たとえば、清掃後の設備写真にタイムスタンプを残し、クラウドにアップする運用に変えたことで

  • 作業精度が向上(“見られている”ことによる意識変化)
  • 作業の抜け・漏れが可視化され、早期発見可能に
  • 遠隔拠点でも責任者がリアルタイムに状況把握可能

これは、シンプルですが非常に強力な「継続化テクノロジー」のひとつです。

2-2. 手順と水準の標準化

「属人化」こそが食品製造業最大のリスクの一つです。衛生手順、製品規格、ロット別対応など、多様かつ変動の多い現場だからこそ、「誰がやっても一定品質になる」状態をつくる標準化が不可欠です。

標準化においては、次のポイントが重要です。

  • マニュアルは工程単位・用途別で明示し、「現場で開ける・すぐ使える」状態で設置
  • 写真・動画・図解を活用し、感覚的に理解できるよう設計
  • アレルゲン管理や温度帯ごとの対応など、条件別バージョンも用意
  • 作業単位で細かく分解し、「どこでミスが起きやすいか」も記載
  • QRコードやタブレット閲覧で常に最新版が確認可能な状態に

特に新人教育や短期派遣人員が多い現場では、「見ればその場でできる」水準が求められます。

2-3. フィードバックと仕組みの強化

現場では、「やったかどうか」は確認されて初めて定着します。そのためには、“記録して終わり”ではなく、記録に基づいたレビューとフィードバックの運用が必要です。

  • 管理者による巡回と、現場での直接コメント
  • 担当者以外による相互監査制度の導入
  • 歩留まり、廃棄率、残業時間などのKPIを定点観測・掲示
  • クレーム再発の予兆となる“ヒヤリ・ハット”を記録し、現場と共有

食品製造業の現場では、「原因不明の微細な不具合」が重大な顧客クレームにつながることもあるため、「小さな兆しの記録と可視化」が特に重要です。

2-4. 自動化・設備化による定着

ヒューマンエラーは必ず起きます。だからこそ、「ミスを前提とした設計」によって、それを抑制することが求められます。

  • 誤投入防止のためのバーコード連動
  • 清掃完了後でなければ再稼働しないインターロック装置
  • 設備の作業ログをIoT化し、状態記録を自動収集
  • 原材料の残量や温度をセンサーで自動記録・送信

さらに、作業導線そのものを改善し、「選択肢を減らす設計」「迷わせない設計」を行うことが、“人に依存しない継続”につながっていきます。

3. 組織としての“継続運用”体制づくり

ここまで紹介したのは「仕組み」ですが、それを維持・運用するのは“組織”と“人”です。特に食品製造業は、工程が細かく、現場ごとの文化も異なるため、“全社的な連携と責任設計”が必要になります。

3-1. 経営層の関与と評価設計

  • 現場改善の成果を、昇給や人事評価に連動させる
  • 経営陣が直接現場を見に行き、声をかける
  • 改善成功例を社内報やポスター、朝礼で共有する
  • 月次・四半期単位の「改善発表会」を実施し、個人やチームの成果を全社に展開する

改善発表会は、単なる報告の場ではなく、承認・称賛・学びの共有の機会でもあります。“現場で考えたことが組織全体に貢献する”という実感が、継続の力になります。

3-2. 改善推進者の役割と育成

  • 部署ごとに改善推進リーダーを任命し、役割と時間を明確化
  • 改善に関する定例ミーティングの設置(週次または月次)
    └ 議題を「現場の困りごと」「取り組み進捗」「定着確認」に明確化
  • 会議だけでなく、報告→再実行→振り返りのPDCAを回すことを制度化
  • 改善テーマを全員提出制にする仕組みを取り入れ、「改善は一部の人の仕事」から「全員が関与する文化」へ

定例ミーティングでは、現場での違和感や小さな工夫を拾い上げ、次のアクションにつなげることが目的です。ポイントは、「アイデアを出して終わり」にせず、実行とフォローアップまで責任を明確化することです。

3-3. 教育・研修体制の仕組み化

改善活動を定着させるには、教育そのものを仕組みとして設計することが不可欠です。特定のタイミングで個別に実施するだけでは不十分で、「会社としての育成方針」や「年間スケジュール」まで含めた体系的な運用設計が求められます。

【1】新入社員への導入教育

  • 入社時の基礎研修にて、「改善活動の意味」「現場での考え方」「安全・衛生とのつながり」などを明確に伝える
  • 教育コンテンツは図や動画を活用し、現場で実際に使われている事例を取り入れる
  • 入社1年目後半には「ミニ改善テーマ」への参加機会を与え、小規模でも達成体験を積ませる

【2】中堅社員向けの「定着と発展」教育

  • 入社3~10年目程度を対象に、改善の基礎に加え、ロジックツリー、なぜなぜ分析、QCストーリーなどの実践的技術を習得
  • 成果報告会での発表訓練、チーム内での改善リーダー経験を積ませる仕掛けを設計
  • 管理資料作成・報告スキル、他部署との折衝スキルなど、“改善を動かすスキル”を強化する

【3】管理職・監督職層向けの「支援とマネジメント」教育

  • 現場改善を「自分がやる」から「やらせる・支援する」に変える視点を育成
  • メンバーの改善活動を支援する立場として、コーチングやファシリテーションのスキルを強化
  • 目標管理(MBO)や人事評価制度と改善成果の連動方法を学び、評価軸に改善視点を組み込む

【4】現場トレーナー制度の導入と活用

  • 熟練作業者・職長クラスに対し、「教える技術」の体系的な教育を実施
    例:ジョブインストラクション(JI)訓練、教え方ロールプレイ、チェックリストの活用など
  • トレーナーごとに担当領域と教育履歴を記録し、OJT品質を管理
  • トレーナーにインセンティブを与えることで、「教えること」が報われる文化を作る

【5】全社的な研修スケジュールと年間計画の仕組み

  • 職層ごとに定義された研修カリキュラムを会社として整備
  • 各研修は、年次・半期・四半期ごとに定例開催。製造計画との連携で現場負担を調整
  • 改善活動の進捗・定着度に応じた「スキル段階別の研修」(初級・中級・上級)を設ける
  • 人事・総務・現場管理の三者で運営会議をもち、研修テーマのアップデートを年1回実施
  • 研修の受講履歴・理解度テスト結果・実践状況を記録し、改善効果の定量化にもつなげる

こうして教育・研修体制を「タイミング」「対象」「中身」「運用体制」「評価」まで含めて仕組み化することで、改善活動は現場に根づき、「継続できる前提」が整います。
食品製造業においては、安全・衛生・品質がすべて改善と密接に結びつくため、単なる業務教育だけではなく、「改善を動かせる人材」の育成が極めて重要なのです。

4. デジタル技術(AI・IoT)による判定・監視・チェック・促しの導入

改善の継続には、「仕組み」と「人」に加え、テクノロジーの力を活用することが効果的です。特に食品製造業では、記録の信頼性・作業の一貫性・異常の早期発見が極めて重要であり、AIやIoTを活用した仕組みは、人的限界を超えて“継続を支える力”になります。

4-1. AIによる画像判定・異常検出

  • カメラ映像をAIで解析し、清掃のムラや未処理箇所、装着ミスなどを自動判定
  • 手洗い・手袋着用の確認や、異物混入防止エリアへの不正侵入検知などにも活用
  • ベテランの“目視感覚”をAIに学習させることで、属人化を排除した安定運用が可能に

4-2. IoTセンサーによるリアルタイム監視

  • 温度・湿度・CO2濃度・水分・加熱条件などのリアルタイムデータを自動取得し、しきい値超過を即時通知
  • 洗浄液の濃度、殺菌時間、冷却完了タイミングなど、人の感覚に頼らずに判断できる仕組みを構築
  • 作業エリアへの入退室や工程切替のログも自動記録し、証拠性ある履歴を蓄積

4-3. AIによる“促し”と“気づき支援”

  • 作業工程の前に、必要事項を音声・画面で自動リマインド(例:「次は●●作業です」「原料チェックを忘れずに」)
  • 作業ログや傾向データから、改善提案や重点観察ポイントをAIがアラート
  • 作業履歴をもとに、「ミスが起きやすい人・時間帯・工程」を予測し、事前に注意喚起

4-4. AI・チェックシステムと人の連携による改善PDCA

  • 改善効果やKPI進捗をAIが可視化し、改善サイクルを加速
  • チェックリスト記入や写真提出をデジタル化し、未提出者への自動通知やリマインド
  • 点検忘れや作業未完了が発生した場合は、上司に即時通知され、仕組みとして“抜けを許さない”

4-5. 「人+仕組み+技術」で支える継続の設計

このように、AIやIoTは「代わりにやってくれる」のではなく、人・組織・仕組みを支え、定着を加速させる“第三の支柱”となります。

食品製造業における改善活動は、ただ“人が頑張る”だけでは続きません。今後は、「人が考え、AIが支え、仕組みが回す」ような三位一体の運用設計こそが、真に持続可能な継続化の基盤となっていくでしょう。

5. 「継続される改善」がもたらす価値

改善が継続されたとき、現場には以下のような複合的効果が生まれます。

  • 品質の安定:製品規格と現場作業のズレが減少
  • トラブルの減少:工程内での発見・再発防止が強化される
  • 教育負荷の軽減:誰でも教えられる・学べる現場に
  • 離職率の低下:「自分の意見が現場を変える」実感が増える
  • 顧客満足の向上:安定供給とクレーム削減の両立

継続とは、単に「習慣にする」ことではなく、「利益と信頼を守る資産」です。

6. 結びにかえて

食品製造業は、ミスが許されず、変動にさらされる厳しい業界です。だからこそ、「継続化」という技術は、生産性だけでなく、安全性・品質・顧客満足・従業員定着率すら左右する要素です。

記録・標準化・フィードバック・動機付け・組織体制・AI活用――これらすべてを“やりっぱなし”で終わらせず、「続く前提で設計すること」が、これからの現場の必須要件です。現場の声を聴き、仕組みで支え、組織で運用する。それこそが、食品製造業における「本当の強さ」の源です。

小松 加奈
 執筆者 
技術士 経営工学部門
利益改善コンサルタント
資格・スキル活用コンサルタント
技術士合格講師
小松 加奈 氏
【 講師プロフィール 】
日系大手製造業に勤務しながら(2007年新卒入社、技術系総合職)、複業として個人事業も展開している。
工場現場担当者の経験もある、現役会社員の技術士。最前線で『リアルタイム』の『現場』『現物』『現実』『最新技術』と日々向き合っている。
勤務先では、開発部・工場(開発課・製造課・生産管理課)・商品部・生産本部生産管理部にて、工場現場から、本部での管理業務、生産原価管理システム構築、新設工場の生産管理業務構築まで務める。原価改善プロジェクト多数実施。改善・原価教育多数実施。
個人事業では「製造業特化型コンサルティング」「完全カスタマイズ型コンサルティング(全業種対象)」「資格・スキル活用コンサルティング」「技術士合格講座(一般部門全20部門対象)」を展開。
科学技術分野の文部科学大臣表彰(文部科学省主宰)の技術審査員も務め、400件以上の製造業改善事例を審査。
利益改善に関するコンサルティングや、合格に導く技術士受験指導にも定評がある。
【 資格 】
技術士(経営工学部門)、第一種衛生管理者、ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士、フォークリフト運転技能、フードコーディネーター 他
■YouTubeチャンネル
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