
1. はじめに
9月に入ると、「暑さのピークは越えた」「夏も終わりに近づいた」という感覚が出てきます。ところが、食品製造の現場にとって9月は、むしろ複数のリスクが重なる時期です。
残暑による熱中症。台風や大雨による通勤・帰宅時の危険。停電や浸水による冷蔵・冷凍設備への影響。原料や包材の入荷遅延、製品の出荷停滞。そして、秋に健康診断を実施する会社では、その準備も始まります。
食品工場には、焼成・蒸煮・フライ・殺菌など熱を発する工程がある一方、冷蔵庫・冷凍庫のような低温環境もあります。洗浄によって湿度が上がる場所、衛生服や保護具を着用する作業、屋外での荷受け・出荷作業もあります。事務所で確認した外気温だけを見ても、実際の作業者が受けている暑熱負荷は分かりません。
また、台風時も「電車が動くか」「出社できるか」だけで考えると、食品工場特有の重要な論点を落とします。電気、水、冷却、排水、物流、原料、製品、品質判定まで連鎖するからです。
9月に必要なのは、「気をつけましょう」という注意喚起を増やすことではありません。誰が、何を見て、どの状態になったら、どう行動するのかを決めておくことです。
今回は、残暑・台風・健康管理を切り口に、食品製造現場の9月を安全に乗り切るための仕組みづくりを考えます。
2.「9月だから大丈夫」が、残暑対策の落とし穴
熱中症対策というと、7月・8月が中心だと思われがちです。しかし、9月になった瞬間に作業環境が安全になるわけではありません。むしろ、朝晩が少し涼しくなり、「もう大丈夫だろう」という油断が生まれることがあります。
厚生労働省の2026年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」は5月1日から9月30日まで実施されています。また、2025年の職場における熱中症による死亡・休業4日以上の死傷者数は確定値で1,803人となり、統計開始以来最多でした。9月も、熱中症対策を継続すべき時期であることが分かります。
食品工場で注意したいのは、同じ建屋の中でも暑さが大きく違うことです。
例えば、フライヤーやオーブン、釜の周辺。加熱後の製品を扱う場所。洗浄後で湿度が高い場所。冷蔵庫と常温区域を何度も往復する作業。トラックバースでの荷受け。廃棄物置き場での作業。設備トラブル時に通常より長く機械周辺へ滞在する保全作業などです。
さらに、衛生服、帽子、マスク、手袋、エプロンなどを着用していると、本人が感じる負荷と室温表示が一致しないことがあります。
「空調が入っているから大丈夫」「屋内だから大丈夫」ではなく、「その人が、どこで、どの服装で、何を、何分行っているか」まで見ることが必要です。
3. 熱中症対策は「本人の我慢」に依存させない
2025年6月1日から施行された改正労働安全衛生規則では、熱中症のおそれのある作業について、熱中症のおそれがある作業者を早期に発見するための体制整備、重篤化を防止するための措置手順の作成、そしてそれらを関係作業者へ周知することが求められています。
ここで重要なのは、「水分を取りましょう」という予防だけではなく、「異常が起きたときに早く見つけ、早く動く仕組み」が必要だということです。
食品工場であれば、例えば「具合が悪くなったら班長へ報告」だけではなく、班長が不在なら誰に連絡するのかまで決めます。
休憩室の場所だけではなく、身体を冷やせる場所と物品を決めます。
本人が「大丈夫です」と言っても、ふらつきや反応の遅れなど、普段と違う様子が見られた場合に誰が作業を止めるのかを決めます。
派遣社員、アルバイト、応援者、設備業者にも同じ報告先を伝えます。一人作業になりやすい場所は、巡視や定時連絡を組み合わせます。
熱中症は、「本人が申告できること」を前提にしすぎないことが大切です。
体調が悪くても、忙しそうだから言いにくい。ラインを止めたくない。周囲に迷惑をかけたくない。もう少しで休憩だから我慢しよう。このような心理が働けば、報告は遅れます。
強い現場とは、我慢できる人が多い現場ではありません。
「言っていい」「止まっていい」「交代していい」が仕組みとして保証されている現場です。
4. WBGTは「工場全体で一つ」ではなく、作業場所ごとに見る
熱中症対策では、WBGT(暑さ指数)の活用が重要です。WBGTは気温に加え、湿度、風速、輻射熱を考慮し、暑熱環境によるストレスを評価する指標です。厚生労働省も、WBGT値を把握し、その値に応じた熱中症予防対策を実施することを求めています。
ただし、工場の入口にWBGT計を一つ置けば終わり、ではありません。
同じ工場でも、釜の前と包装室、倉庫とトラックバースでは条件が違います。時間帯でも変わります。設備の稼働台数、洗浄、扉の開閉、人員密度によっても変化します。
そこで、まずは「暑いと言われる場所」を地図上に落としてみます。
フライヤー前、加熱室、洗浄場、原料荷受け、廃棄物置き場、屋外設備点検箇所など、現場から声を集めます。そのうえで、場所と時間帯を決めて測定すると、自社の「暑さの地図」ができます。
数値を取る目的は、記録を増やすことではありません。
一定の状態になったら休憩回数を増やす。作業を交代する。連続作業時間を短くする。作業時間をずらす。スポットクーラーや送風を追加する。設備停止中に行える作業へ切り替える。
このように、数値と行動を結びつけて初めて管理になります。
また、連休後や新規入職者、久しぶりに高温作業へ戻る人などは、暑熱環境への慣れにも注意が必要です。「先月できていたから今日も同じようにできる」と決めつけず、体調と作業負荷を見ながら段階的に戻す視点を持ちます。
5. 台風対策は「出社できるか」ではなく「安全に事業を続けられるか」
9月は台風への備えも欠かせません。
気象庁の1991~2020年の平年値では、本土への台風接近数は9月が1.9で、月別では最も多くなっています。
食品工場では、製造を止めにくい。納品時間が決まっている。原料が入ってくる。賞味期限がある。仕掛品を途中で放置できない。
このため、悪天候でも「来られる人だけで何とか回そう」という判断になりやすい面があります。
しかし、出社できることと、安全に出社できることは別です。さらに、出社できても、安全に帰宅できるとは限りません。
台風時の出退勤判断を、当日の現場責任者の感覚だけに任せるのは危険です。
「どの気象情報を判断材料にするか」「公共交通機関の運休・計画運休をどう扱うか」「工場周辺の浸水・土砂災害・河川の状況を誰が確認するか」「前日何時、当日何時に判断するか」「誰が操業縮小・停止を決定できるか」「従業員へ何で連絡するか」「夜勤者をいつ帰すか」。
これらを平時に決めておきます。
特に重要なのは、「全員出社か、全員休業か」の二択にしないことです。
ラインを限定する。生産品目を絞る。開始時刻を遅らせる。早上がりする。翌日に振り替える。安全に出社できる必要最小限の要員だけにする。
複数の選択肢を事前に持つことで、無理な判断を減らせます。
6. 食品工場の台風BCP(事業継続計画)は「人→インフラ→食品安全→生産→出荷」の順で考える
台風が通過したからといって、すぐに通常操業へ戻せるとは限りません。
食品工場では、停電、瞬停、浸水、漏水、断水、排水不良、冷却設備停止、通信障害、物流遅延などが、食品安全や品質へ直接つながります。
復旧時の確認順序をあらかじめ決めておくと、現場の焦りを減らせます。
第一は、人の安全です。
通勤経路、構内、屋根、外壁、看板、シャッター、倒木、飛来物、足元、感電のおそれなどを確認します。安全が確認できない場所へ、「とりあえず見に行く」人を出さないことも大切です。
第二は、インフラです。電気、水、ガス、蒸気、冷却、圧縮空気、排水、通信など、製造に必要な基盤を確認します。非常用電源がある場合も、「発電機がある」だけでは不十分です。
何を何時間動かせるのか。燃料はどれだけあるのか。冷蔵・冷凍庫、サーバー、照明、重要設備のどれを優先するのかを決めておきます。
第三は、食品安全・品質です。
停電中の冷蔵・冷凍庫の温度推移はどうだったか。浸水した原料や包材はないか。保管庫へ雨水が侵入していないか。水や排水に異常はないか。害虫や異物が侵入する経路が生じていないか。
製品・仕掛品を「見た目が大丈夫そうだから」で流さず、判定基準と権限者を明確にします。
第四に、生産です。
設備を再起動する前に、漏電、異音、センサー、ガード、非常停止、温度計、計量器、印字機、金属探知機などを確認します。停止後の再立ち上げは、通常運転とは条件が違います。
第五に、出荷です。
道路状況、配送便、納品先の受入状況、ドライバーの安全を確認します。「作れたから出せる」とは限りません。
原料入荷と製品出荷を一つの情報として見える化すると、無理な生産を防ぎやすくなります。
7. 事例:「早く復旧したい」が、新しいリスクを生む
例えば、朝7時に台風が通過した食品工場を考えてみます。
工場周辺の風雨は弱まりました。8時から従業員が集まり始めます。
しかし、構内には飛来物があり、一部の床が濡れています。冷蔵庫には夜間の温度警報履歴が残り、資材倉庫の一角には雨水が侵入しています。さらに、原料を運ぶトラックの到着も遅れています。
この状態で「人が集まったから、とりあえずラインを動かそう」とすると、確認が後追いになります。
そこで、再開条件を三段階に分けます。
第一ゲートは「人が安全に構内へ入り、作業できるか」。
第二ゲートは「電気・水・冷却設備と、原料・包材・仕掛品の安全性を確認できたか」。
第三ゲートは「生産しても、必要な原料があり、完成品を保管・出荷できるか」。
三つを通過してから、生産を再開します。
さらに、工場全体を一斉に再開する必要もありません。安全確認が終わった区域から限定的に再開し、未確認区域は立入禁止にします。
復旧を急ぐことと、確認を省くことは同じではありません。
むしろ、最初の30分、1時間を確認に使う方が、後から事故や廃棄、再停止が発生する可能性を下げ、結果として早く安定操業へ戻れることがあります。
8. 健康診断も「受けて終わり」にしない
秋に定期健康診断を実施する会社では、9月は対象者や日程、受診方法を確認する時期でもあります。
労働安全衛生法および労働安全衛生規則では、事業者は常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に医師による健康診断を行うことが定められています。
食品工場では、早番、遅番、夜勤、短時間勤務など、さまざまな勤務形態があります。受診案内が昼間勤務者だけに届きやすい運用になっていないか、対象者に漏れがないかを確認しておくことが大切です。
そして、健康診断は「全員が受診した」で終わりではありません。
健診結果で「要再検査」「要精密検査」「要受診」などの判定を受けた人が、その後、必要な医療機関の受診につながっているかという視点も重要です。
「忙しいから後で行こう」「自覚症状がないから大丈夫だろう」と受診が後回しになることもあります。特に交替勤務や夜勤、繁忙期のある食品工場では、医療機関を受診する時間を確保しにくい場合もあります。
そのため、健診結果を本人へ通知するだけでなく、必要な人への受診勧奨や、その後のフォローまで含めた仕組みを確認しておきたいところです。
また、健診結果に異常所見がある場合には、事業者は健康保持のために必要な措置について医師等の意見を聴き、その意見を勘案して、必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などの措置を講じます。
食品工場では、高温環境、夜勤、重量物作業など、身体への負荷が大きい仕事もあります。健診結果を踏まえ、現場の配置や勤務時間、担当作業について配慮が必要ではないかを確認することも、健康管理の重要な役割です。
もちろん、健康情報は本人を「弱い人」と分類するためのものではありません。個人情報に十分配慮しながら、その人が安全に働き続けられる条件を整えるために活用するものです。
健康診断は、単に「病気を見つけるイベント」ではなく、見つかったリスクを次の行動につなげる仕組みです。
「受診したか」「結果を確認したか」「必要な再検査や受診につながったか」「就業上の配慮が必要ではないか」まで確認することで、健康診断を実効性のある健康管理につなげることができます。
9. 安全衛生委員会を「報告会」で終わらせない
残暑対策、台風対応、健康診断。どれも安全衛生委員会で共有しやすいテーマですが、「気をつけましょう」「確認してください」で終わると、翌月も同じ話をすることになります。
委員会では、少なくとも「誰が・何を・いつまでに」を残します。
例えば、
熱中症対策なら
「製造課長が今週中に高温箇所を5か所選び、時間帯別にWBGTを測定する」。
設備担当は「スポットクーラーや排気の状態を確認し、改善候補を出す」。
各班長は「朝礼で体調確認と報告先を確認する」。
台風対策なら
「総務が出退勤判断基準を見直す」。
工場長は「操業縮小・停止の決裁権限を確認する」。
品質保証は「停電・浸水時の製品判定基準を確認する」。
物流担当は「運送会社・主要納品先との緊急連絡先を更新する」。
健康診断なら
「人事が対象者リストを確定する」「夜勤者を含めた受診枠を確認する」「健診後の産業医等への意見聴取と現場への反映手順を確認する」。
会議で必要なのは、情報量よりも、次の行動です。
10. 今日からできる「9月の3つの確認」
大きなBCP(事業継続計画)や新しいシステムを作らなくても、今日から始められることがあります。
一つ目は、「一番暑い場所はどこか」を現場の人に聞くことです。
管理者が思っている場所と、作業者がつらいと感じている場所は一致しないことがあります。まず一か所、時間を決めて測ってみます。
二つ目は、「明日台風が来たら、誰が何時に出勤判断をするか」を聞くことです。
答えが人によって違うなら、ルールが十分に共有されていません。
三つ目は、「停電した冷蔵庫の製品を、誰が何を見て判定するか」を聞くことです。
「品質保証に聞く」だけではなく、必要な温度記録、経過時間、対象ロット、隔離場所、最終判断者までつながっていれば、実際の異常時に動きやすくなります。
安全対策は、立派な資料を作ることから始めなくても構いません。
「今起きたら、誰がどうする?」
一つ問いかけるだけでも、曖昧な部分が見えてきます。
11. 9月は「夏の終わり」ではなく「リスクが重なる月」
9月は、季節の変わり目です。
しかし、食品製造現場の安全管理では、「夏が終わる月」と考えるより、「残暑と台風が重なる月」と捉えた方が実態に近いでしょう。
熱中症では、本人の注意や我慢に頼らず、測定、休憩、報告、離脱、冷却、連絡までを仕組みにする。
台風では、出社の可否だけでなく、人、インフラ、食品安全、生産、物流までを一つの流れで考える。
健康診断では、受診をゴールにせず、安全に働ける作業条件へつなげる。
共通するのは、「異常が起きてから頑張る」のではなく、「異常が起きたときに迷わないよう、先に決めておく」ことです。
食品工場では、安全と食品安全、品質、生産性は別々に存在しているわけではありません。
作業者が無理をすれば、注意力が落ち、ミスや事故の可能性が高まります。台風で人員や物流が乱れれば、生産計画にも品質にも影響します。停電や浸水への初動が遅れれば、製品ロスや長時間の停止にもつながります。
だからこそ、9月の安全対策は「安全部門だけの仕事」にしないことが重要です。製造、品質保証、設備、物流、人事、総務、経営が、それぞれの判断をつなげます。
強い工場とは、何が起きても無理に動き続ける工場ではありません。
危険なときには早く止まり、状況を確認し、条件が整ったら迷わず戻れる工場です。
まずは今月、「9月だから大丈夫」と思っていることがないか、一つだけ現場を見直してみてはいかがでしょうか。

利益改善コンサルタント
資格・スキル活用コンサルタント
技術士合格講師
小松 加奈 氏
東証プライム上場日系大手製造業に勤務しながら(2007年新卒入社、総合職)、複業として個人事業も展開している。
工場現場担当者の経験もある、現役会社員の技術士。最前線で『リアルタイム』の『現場』『現物』『現実』『最新技術』と日々向き合っている。
勤務先では、開発部・工場(開発課・製造課・生産管理課)・商品部・生産本部生産管理部・監査部監査室にて、工場現場から、本部での管理業務、生産原価管理システム構築、新設工場の生産管理業務構築、全社横断の構造改善と監査まで務める。原価改善プロジェクト多数実施。改善・原価教育多数実施。グループ全従業員向けセミナー動画10本シリーズ実施。
個人事業では「製造業特化型コンサルティング」「完全カスタマイズ型コンサルティング(全業種対象)」「資格・スキル活用コンサルティング」「技術士合格講座(一般部門全20部門対象)」を展開。
科学技術分野の文部科学大臣表彰(文部科学省主宰)の技術審査員も務め、400件以上の製造業改善事例を審査。
利益改善に関するコンサルティングや、合格に導く技術士受験指導、執筆(新聞寄稿含む)にも定評がある。
【 資格 】
技術士(経営工学部門)、第一種衛生管理者、ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士、フォークリフト運転技能、フードコーディネーター 他
利益改善コンサルタント 技術士 小松加奈website
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