多くの業界・企業において「KPIマネジメント」の導入・活用事例が出てきています。本コラムでは、KPIマネジメントの基本を整理した上で、食品製造業の経営におけるKPIマネジメントの活用意義を述べていきます。
KPIマネジメントの基本については、拙著「事業計画を実現するKPIマネジメントの実務」(日本能率協会マネジメントセンター)も合わせて参考にしていただければ幸いです。
1.KPIマネジメントの基本
KPIとは Key Performance Indicators の略で、「業績評価指標」・「業績管理指標」・「業績向上指標」と訳されます。組織(個人)の活動の良否を表す指標という程度にゆるやかに理解いただく形で問題ありません。KPIマネジメントとは、KPIを活用して企業活動のPDCAを進める(=マネジメントする)ことを指します。
(1)成果KPIとプロセスKPI
KPIを成果KPI(目標指標)とプロセスKPI(管理指標)に分けて捉えます(図1)。成果KPIとは、活動の最終的な成果を測定する指標で、「KGI(Key Goal Indicators)」「目標指標」と呼ばれることもあります。通常、組織が目指すべき成果は、売上を上げる、利益を確保することになるので、売上高や利益額が成果KPIとなります。
一方、プロセスKPIとは最終成果を創出するための活動やプロセスを測定する指標であり、「目標指標」に対して「管理指標」と呼ばれることもあります。成果KPIに対しては先行指標(成果創出に先立って変動する指標)になり、売上高が成果KPIであるならば、営業活動における提案数や新規顧客数などがプロセスKPIとなりえます。
資料:食品製造業の経営管理とKPIマネジメント アットストリームパートナーズ合同会社より
(2)重要成功要因(CSF)
「成果KPIを達成するに当たり、決定的な影響を与える活動や施策」を重要成功要因(Critical Factors for Success:CSF)として考え、整理していきます。そして、重要成功要因に対する管理指標・管理基準値を、プロセスKPI(管理指標/KPI:Key Performance Indicator)と呼びます。
つまり、達成すべき目標(成果KPI)を明確にした上で、その目標達成の肝となる要因のために何を高めるべきか、どのような活動を強化するべきかという点を、プロセスKPIで管理していくのです。
目標を達成できない組織では、この「成果KPI(目標指標) ― 重要成功要因 ― プロセスKPI(管理指標)」の認識が弱かったり、重要成功要因をしっかりとらえられていない傾向にあります。
(3)KPIマネジメントの本質
拙著では、KPIマネジメントの経営管理手法としての本質として3点挙げています。それは、「連鎖性の向上」、「見える化の進展」、「共通言語づくり」です。ここでは、特にマネジメント力向上への寄与が大きい「連鎖性の向上」について述べます。
図2の通りKPIマネジメントでは、ある組織階層のプロセスKPIがその下位の組織階層の成果KPIになるという関係にあります。KPIを全社・事業・部といった階層に応じて設定すると、経営管理指標が組織内で合理的に連鎖するようになります。これを連鎖性の向上機能と呼びます。
連鎖性の向上機能は、組織内のタテの階層だけでなく、部門間などのヨコの連携強化にもつなげることができ、組織の目標達成力や戦略遂行力の向上に寄与します。
資料:食品製造業の経営管理とKPIマネジメント アットストリームパートナーズ合同会社より
(4)KPIマネジメント推進に有効なツール・手法
KPIマネジメントを進める上で有効なツール・手法を2つ紹介します。
① 戦略マップ
戦略マップとは、経営目標を達成するための重要戦略課題を、課題間の相互関係も整理しながら一覧化したものと考えてください。図表3はある食品会社における戦略マップの作成例です。「新製品・新カテゴリーの拡大」「顧客への安心の提供」「在庫削減」「提案力・情報収集力の強化」など、1つひとつのボックスが重要戦略課題です
それにより、戦略シナリオや戦略意図の組織内への共有・浸透が進みます。そして、1つ1つの重要戦略課題に対して、図の例のように定量的な達成目標(何がどの程度まで達成できれば戦略課題をクリアしたといえるか)を設定します。組織の戦略遂行・目標達成力の良否には、戦略シナリオと目指す姿を幹部・管理者層が具体的に認識することができているかという点が大きく関係します。
資料:食品製造業の経営管理とKPIマネジメント アットストリームパートナーズ合同会社より
② 目標・施策マトリクス
目標・施策マトリクスは、戦略マップで整理した重要戦略課題と達成目標を更に一歩進めるためのツールです。重要戦略課題と、それらを達成していくための施策(打ち手)の関係性を整理するものです(図4)。
それにより、全社・事業の目標達成のために各部門が達成すべきことと実行すべきことが整理できます。重要戦略課題と施策にKPIを設定していくことで、何をどこまでやるべきかであったり、結果として何がどのレベルまで高まっていないといけないかが明確になります。
資料:食品製造業の経営管理とKPIマネジメント アットストリームパートナーズ合同会社より
2.食品製造業の経営管理でのKPIマネジメントの活用意義
KPIマネジメントを食品製造業の経営管理に用いる意義の最も大きなものは 「部門間連携で対処すべき課題」への対応 です。
食品製造業では、部門間連携で対処すべき課題が多く発生します。例えば、需要予測・生産計画を中心としたSCMの最適化、多品種少量化の顧客ニーズへの対応などです。タテの連鎖(例:販売目標の達成、製品のコストダウン)での目標達成のための取組にKPIを活用することも重要ですが、それ以上に、部門間連携テーマに的確かつスピーディーに対応できるかどうかが経営上大切ですし、うまく対処できた場合の経営上の効果も大きなものになります。
部門間連携の取組みは、部門間の利害対立やトレードオフの関係にあるケースが多くなります。そのため、ややもすれば取組みが放置されがちになり、「永年の課題」として取り残されてしまいます。
そこで、部門間連携で対処すべき課題、ないしは、各部門の目標の上位にある事業全体での課題に対して成果KPIを設定し、全社・部門間での共通の目標とします。そして、その共通目標に対しての重要成功要因や重点施策を検討し、各部門が達成すべきこと・実行すべきことを明確にしていくのです。
例えば次のようなテーマが、食品製造業でよくみられる展開例です。
-製品別・顧客別の原価計算の仕組み作り(経理・経営管理)
-標準原価の遵守・原価低減の取組(製造)
-見積原価に応じた価格設定の見直し(営業)
多品種少量化と顧客ニーズへの対応のために、製造上の手間が増え、原価があがり、採算性が悪化しているケースがよくあります。全社での採算性の改善のためには、真実の原価を見える化する仕組みとともに、価格に反映していく必要があります。つまり、原価低減の活動とともに、営業方針の見直しがあって初めて採算性の改善が実現します。その意味で事業としての採算性改善目標を共有しながら、各部門の施策を連携させていく必要があります。
-需要予測の精度向上・販売計画を遵守する終売対応(営業)
-生産計画見直しの頻度向上・リードタイム短縮(生産管理・生産技術)
-生産ラインの能率向上(製造)
適正な在庫水準を維持・向上させることは、製造業にとっての永遠のテーマですが、特に賞味期限・鮮度確保への対応が求められる食品製造業では重要なテーマです。上記の展開例にあるような各部門の取組を進めながら、在庫水準が適正に維持するための部門間連携での組織対応力を高めていくことが必要になります。それがうまくいっているかどうかをKPIでモニタリングしていきます。
以上は代表的な例ですが、食品製造業各社でKPIを活用した経営管理を進めていくための第一歩は、事業全体での戦略課題の整理(戦略マップの作成)を行い、解決すべき課題・テーマとその目標(成果KPI)を明確にすることです。その上で、重要度の高いテーマについての成果KPI⇒重要成功要因・重要施策⇒プロセスKPIの検討を進め、各部門の目標に展開していくとよいでしょう。
大工舎 宏 氏
【専門領域】
●事業構造改革/収益構造改革/新規事業戦略の企画・立案・実行
●各種経営管理制度(業績管理・KPI、管理会計、原価管理等)の企画・設計と導入・定着化支援
●上記に伴う組織変革活動・改革浸透活動の企画・立案・実行
【経歴】
Arthur Andersenを経て、(株)アットストリームを共同設立。
現在、同社代表取締役兼アットストリームパートナーズ合同会社の理事長/代表パートナー。公認会計士。
【書籍】
・事業計画を実現するKPIマネジメントの実務(日本能率協会マネジメントセンター)
・KPIで必ず成果を出す目標達成の技術(日本能率協会マネジメントセンター)
・現場管理者のための原価管理の基本(共著)(日本能率協会マネジメントセンター)
・ゼロからわかるコンサルティング営業のアプローチ(監修)(金融財政事情研究会)
・「製造業」に対する目利き能力を高める(共著)(金融財政事情研究会)
・金融機関のための取引先企業の実態把握強化法(共著)(金融財政事情研究会)
・高収益を生む原価マネジメント(共著)(日本能率協会コンサルティング)
・経営の「突破力」現場の「達成力」(日本能率協会コンサルティング)
【本コラムに関する免責事項】
当サイトへの情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、
最新性、有用性等その他一切の事項についていかなる保証をするものではありません。
また、当サイトに掲載している情報には、第三者が提供している情報が含まれていますが、
これらは皆さまの便宜のために提供しているものであり、
当サイトに掲載した情報によって万一閲覧者が被ったいかなる損害についても、
当社および当社に情報を提供している第三者は一切の責任を負うものではありません。
また第三者が提供している情報が含まれている性質上、
掲載内容に関するお問い合わせに対応できない場合もございますので予めご了承ください。