トップのコミットメントについて

はじめに

 前回は、HACCP基本用語の英単語Hazard(名詞)について、その語源はフランス古語の“サイコロゲーム”(a game of dice)であり、さらにその由来はアラビア語の“サイコロ”(اَلزَّهْر‎;az-zahr―アザール)を語源としているらしいというお話から、ハザードとは賽の目のように“気まぐれ”に食品安全を脅かすものであり、それに対抗する人間は、科学と技術の実証可能な有効性の証拠の積み上げとして、事故を未然に防ぐHACCP手法を開発してきた、というお話をしてきました。

チーム編成ですでに勝負は決まっている?

 今回はHACCPに沿った衛生管理を進めるにおいて基礎となる組織のお話をしたいと思います。
食品安全を脅かすハザードを予防するために、その科学的・技術的な実証可能な取り組みの集積は、ただ一つの部署だけでできるものではなく、組織横断的なマネジメントレベルの取り組みで初めて成立することがわかってきています。

 衛生管理というと品質管理・保証部門に任せればよい仕事なのか、と誤解されてはいませんか。
しかし、HACCPは企業全体の取り組みです。前回お示しした事例でもわかる通り、原材料仕入れ先や成分の変更、製品開発等による仕様の変更、お客様のご要望を受けたプロセスの改善、そして提供者のミス、消費者の誤用、食品等事業者が見逃したさまざまなできごとが結果として数多くの事件・事故を引き起こしてきました。その失敗事例から学ぶことは、食品安全の確保とは現場の衛生管理だけではなくて、例えば原材料の調達部門、製品の開発部門、製造現場、さらには表示開発者、お客さま相談室等、直接的あるいは間接的に各部署が連携しあって初めて成し遂げられるという事実です。

 多くの過去の失敗は、この組織横断的な取り組みでないと成し遂げられないHACCPの取組みを品質部門に丸投げしてしまうというパターンです。調理現場では栄養管理士がそれに当たるかもしれません。こうした現場では部門間の意思疎通がうまくいかず、不理解や対立が先鋭化しやすくなり結果的にHACCPの運営が長続きしない場合が多く、続いたとしても現場にはたくさんの不満が積み上がります。チーム編成は形だけで実態は外部コンサルへの丸投げ、という失敗もよく見かけます。

あなたはどのHACCPを選択しますか?

 むかし、HACCPという頭字語(複数の単語から構成された合成語の頭文字を繋げて作られた語、アクロニム)をもじった以下のような、笑うに笑えないジョークを米国のHACCPリード・インストラクターから教えていただいたことがあります。

HACCPとは、「Hard Agonizing Complicated Confusing Paperwork」(つらくて苦しい複雑な文書管理業務)の頭字語である。

―皆さまの現場はいかがでしょうか?このような状況に陥っているならばそれは現実的でない押し付けHACCPかもしれません。

HACCPとは、「Have A Cup of Coffee and Pray」(一杯のコーヒーを飲みただ天に祈るのみ)の頭字語である。

―認証取得などめざし要求事項を完璧に満たした立派な計画書を策定したとしても、それが実際現場のオペレーションと一致しない。つまり正しく“見える化”できていないのならそれは絵に描いた餅でしかありません。

HACCPとは、「Hazard Analysis and Critical Control Point」(ハザード分析及び必須管理点)の頭字語である。

―原材料の受け入れから製品の出荷まで一連の潜在的なハザードを洗い出して、現場オペレーションで実施されている管理ポイントを計画書にまとめ、証拠を残す系統的なシステムです。

 いずれを選択するのも組織の決定次第です。そしてHACCPは自主衛生管理システムなので、要求事項を満たしている限りはいずれも認証取得できるし、法令順守となります。私自身、これらを頭ごなしに否定することはしませんが「大変そうだなあ」と思う場面にはよく遭遇します。

 見える化の手法であるHACCPがもし現場オペレーションを正しく反映できていなかったとしたら、現場の変化や失敗を見逃さずたびたび大きな被害を起こしてきたハザードをしっかり予防できるでしょうか。また現場を無視した負担感ばかり感じる計画を、現場はモチベーションをもって遵守し続けてくれるでしょうか。少なくとも国際的にHACCPとは正しい見える化により標準作業を共有でき、結果として品質安定や生産性向上、組織のモチベーションが上がることが知られています。皆さまの現場でギャップを感じられるならばそこに少し疑問をもっていただきたいと願っています。

欠くことのできない経営者のコミットメント

 HACCPはマネジメントシステムです。その決定プロセスにおける経営者の役割は絶大です。
これをよく経営者のコミットメントといいます。経営者のコミットはどのように示されるものでしょうか。よく経営者の食品安全方針を立派な額に飾って全従業員に見えるよう掲示しましょう、とかHACCP導入を宣言するキックオフ会議をしましょうといった事例を見聞きします。しかしそれらはトップのコミットを示す行為の一例にすぎません。

 HACCP実施にコミットする最大にして明白な証拠は、「計画書に対する経営者のサイン」です。
ここで「HACCP計画」、「食品安全計画」(Food Safety Plan)、「衛生管理計画」と呼び方は何でも構いません。大事なことはその計画を実施することを経営者が承諾したこと(つまり「俺は知らない」は通用しない)が極めて大事なのです。計画書に対する経営者のサインは、計画書を更新するたびに必要です。経営者はその施設の経営管理上のトップですからオーナーかもしれないし、社長、CEO、工場長かもしれません。店長などが経営管理の権限を与えられていないのなら実際に権限を持つ者のサインが求められます。

 経営者はサインした計画書に示された衛生管理項目に対して資源供給の責任を負います。資源の供給とはヒト・モノ・カネに加えて時間や情報もあります。そして計画書に記述した責任者に、それを果たせる権限とトレーニングを与えることも経営者コミットの根幹です。コミットもないままに「お前やっとけ」方式で個人に丸投げされた計画書は、認証取得など瞬間風速的な目的は達成できるかもしれませんが、持続可能なシステムとして機能しないおそれがあることをよくよくご理解いただきたいわけです。

杉浦 嘉彦 執筆者 

月刊HACCP(株式会社鶏卵肉情報センター)
代表取締役社長
杉浦 嘉彦 氏

【 講師プロフィール 】
株式会社 鶏卵肉情報センター 代表取締役社長(2005年より)
一般社団法人 日本HACCPトレーニングセンター 専務理事(2007年より)
月刊HACCP発行人、特定非営利活動法人 日本食品安全検証機構 常務理事(農場HACCP認証基準 原案策定 作業部会員)、農林水産省フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)ファシリテータ、東京都および栃木県 食品衛生自主衛生管理認証制度 専門委員会 委員、フードサニテーションパートナー会(FSP会) 理事、日本惣菜協会HACCP認証制度(JmHACCP) 審査委員、日本フードサービス協会 外食産業 JFS-G規格及び手引書 策定検討委員、その他多数

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