そもそも“ハザード”って何だ?

はじめに

 国際的に推奨されるHACCP手法が日本に輸入されてからこれまでの間に、日本独自の解釈や造語、文化が産まれて国際的な理解を妨げているポイントについて、特にHACCPに取り組む初歩段階で陥りやすい10大誤解という切り口で前回はお話しいたしました。

今回は皆さんにHACCP解説をこれから学んでいくにおいて最初に知っておきたい「ハザードって何なのか」についてお話します。

ハザード(Hazard)とはサイコロまかせ

 英単語Hazard(名詞)とは、一般に、ゴルフコースに設置された障害、ある出来事において結果を生じさせる未知の予測できない現象、危険の源などと定義されます。ゴルフをされている方ならばハザードは池ポチャやバンカーなどでなじみ深いかと思います。Hazardの語源はフランス古語の“サイコロゲーム”(a game of dice)だそうです。さらにその由来はアラビア語の“サイコロ”(اَلزَّهْر‎;az-zahr―アザール)から来ているらしいのだとか。

 これを食品に照らせば、特に食中毒を起こす(“あたる”)病原性微生物などは、正にサイコロまかせでヒトの健康に危害を及ぼし得る要因ということなのです。

ハザード分析とは“賽の目”に常識で戦う挑戦

 ハザード分析はHACCPの根幹です。なにしろハザードたちは、あなたの失敗を期待して各所にこっそり潜んでいたり、不意打ちしたり、または積極的に攻めてきたりします。サイコロの目が丁か半か(偶数vs奇数)の賽の目を読むなどやくざなお話ですが、実のところ世界覇権国である米国の食品産業は、たびたび大きな事件・事故の厳しい経験を重ねてそのハザード(賽の目)の怖さを身に染みたのです。

 そこでHACCPを開発した米国の人たちは考えました。「俺たちの武器は“科学的”(scientific)または“技術的”(technical)な、実証可能な有効性の証拠の積み上げだろう」と。つまるところ人類は大自然に対して万能ではなく、自分たちの常識で量るところまでを確実に予防原則(Prevention Principle)を講じるのが“いまやれる最も賢い手段”と考えたわけです。

 ちなみに現代の科学や技術は完ぺきではないから証明されていないリスクでも抑え込もうという発想を“予防的原則”(Precautionary Principle)といって欧州で発達した思想があります。欧州発祥の予防的原則と、米国発祥(HACCP)の予防原則との違いが判別できるでしょうか。

 この違いを政治的に説明すると、食品安全にどこまでお金を支払ってよいか、税金を支払ってよいかという経済的なリスクの話です。実のところ新型コロナウイルスのような予期しなかったリスクには“結局どちらも対応できない”ですね。どちらも自然現象に対する文明の挑戦という意味では底通していると思います。なお、欧州と米国の思想の違いは、日本の訳語ではどちらも“予防原則”と同一にされてしまいがちなので、これもまた大きな混乱要因になっているところが残念です…。

既知のハザードでもたくさんの事件・事故が…

 現場に戻りますが、予防的であろうが予防であろうが、これまで日本国内でも多くの食品安全上の事故や事件がありました。4つの実例を挙げようと思います。事件・事故に直接関連された各位には大変申し訳ないのですが、大事なことは“経験を未来に託す”ことです。むしろHACCP法制化の時代にこそ前時代の失敗経験こそきちんと予防できるための技術になり得ます。基本として個人名や事業者名は一切“伏せる”を最低原則として、加えて一定の配慮をもってご紹介いたします。

フードサービスの事例―原材料変更はリスク?

 急速に拡大するフードサービス業界では時に、受け入れる原材料の量やコストをかんがみて、原材料の仕様を変更する場合があります。サラリーマン層にランチレベルの価格帯でステーキを提供するべく挑戦をした企業で、牛肉の病原性大腸菌O157食中毒が出てしまいました。この事例では直接消費者に調理を任せるというリスクが顕在化したと同時に、とても大事な「塊肉なのか結着肉なのかでコントロール手段はチガウ」という考えがモレていました。

伝統食品製造業の事例―開発はリスク変化?

 北海道で製造された浅漬けで繰り返し病原性大腸菌(O157等)の感染が認められるなど、漬物事業者の衛生管理体制がずいぶん物議をかもしたことがあります。消費者の現代的し好に合わせて“うす味”にするために酸性度pHや塩分濃度をうすめたことで、結果的に、病原性微生物にとっても増殖しやすい製品の仕様にしてしまったのです。伝統食品では問題にならなかったかもしれない病原性微生物増殖というハザードが開発によって生み出されたのです。

給食のノロ―プロセス変更もハザードに影響

 学校給食でもたびたび食中毒が起きています。代表的なものが加熱後に汚染されるノロウイルスです。たとえば浜松市では食パンがノロウイルスに汚染されて15小学校と2幼稚園が学校閉鎖に追い込まれました。実はその要因は意外にもパンの焦げ目でした。パンの焦げ目に対するクレームを受けて学校給食会がパン工場に焦げ目チェックを指示、工場側は良かれと思って焼成したパンを一つひとつ焦げ目チェックしたところ、おそらくノロウイルスに感染した従事者がトイレを汚染させて、手洗いやドアのノブで汚染を拡げノロのついた手でパンを汚染してしまったようです。

給食のノロ―プロセス変更もハザードに影響

給食のアレルギー対応―食品そのものがハザード

 平成24年、調布市の学校給食でアレルギー対応しているにもかかわらず、児童が死亡してしまう事件がありました。これはアレルギー対応した「じゃがチヂミ」を“おかわり”する際に教師が誤ってチーズ入りの通常食を与えてしまったことで発生した事件です。通常人には普通に食する原料自体が人によっては死に至るハザードにもなり得るのです。

―以上のように食品安全を脅かすハザードは現場の変化や失敗を見逃さずたびたび大きな被害を起こしています。彼ら特性を知っているハザードを施設ごと変化に応じて分析して予防措置を考えるのがHACCPの基本的な原則です。

杉浦 嘉彦 執筆者 

月刊HACCP(株式会社鶏卵肉情報センター)
代表取締役社長
杉浦 嘉彦 氏

【 講師プロフィール 】
株式会社 鶏卵肉情報センター 代表取締役社長(2005年より)
一般社団法人 日本HACCPトレーニングセンター 専務理事(2007年より)
月刊HACCP発行人、特定非営利活動法人 日本食品安全検証機構 常務理事(農場HACCP認証基準 原案策定 作業部会員)、農林水産省フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)ファシリテータ、東京都および栃木県 食品衛生自主衛生管理認証制度 専門委員会 委員、フードサニテーションパートナー会(FSP会) 理事、日本惣菜協会HACCP認証制度(JmHACCP) 審査委員、日本フードサービス協会 外食産業 JFS-G規格及び手引書 策定検討委員、その他多数

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