2022年8月25日に開催しました「食品業における受発注業務の効率化~FAX受注業務は改善できる~」での講演「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」についてレポートいたします。
さまざまな業界で推進されているDXですが、食品業においても例外ではありません。受発注業務の効率化は、その後の出荷や製造の効率化にも繋ががるため、その恩恵は大きいものとなります。
本講演では食品業での受発注業務のDXに注目し、その実態や事例について解説いただきました。
中小企業診断士
ITコーディネーター
星野 雅博氏
DX(デジタルトランスフォーメーション)の概要
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは
経済産業省が「DX推進ガイドライン」を提示してから4年近く経過しましたが、DXという言葉だけが先行して、内容の理解が進んでいないように感じるのですが、いかがでしょうか。今回は食品関連企業における受注業務の効率化から、DXについて考えていきたいと思います。
DXとは2004年にスウェーデン、ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念です。「進化したデジタル技術を浸透させることで、人々の生活をより良いものへと変革すること」といわれます。Transformation(トランスフォーメーション)は変質や変革と訳され、「trans-(トランス)」には「across(を超えて)」という意味があります。acrossはXと略されることがあり、デジタルトランスフォーメーションはDXと表記されます。
ビジネスにおいては2016年頃から、IT系調査・コンサル企業などがビジネス用語としてDXを取り上げ、世界的に定着しました。DXが使われる前までは、デジタルイノベーションという言葉をよく使っていました。日本においては、経済産業省が2018年12月に発表した「DX推進ガイドライン」でDXが定義され、定着していきました。DXは企業競争力を向上させ、業務の効率化による生産性向上と働き方改革を進めます。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
既存の“デジタル化”と“DX(デジタルトランスフォーメーション)”の関係
既存のデジタル化とDXは全く異なるものではありません。デジタル化の初期段階で、アナログ・物理データをデジタルデータ化したデジタイゼーションがあり、次に、個別の業務・製造プロセスをデジタル化したデジタライゼーション、さらに発展したものがDXとなります。
DXはビジネスを高付加価値化します。社内では、組織横断的に、全体の業務・製造プロセスをデジタル化し、個々のデジタル化を統合させた形で全体の効率を上げます。また、対外的には、顧客起点の価値創造のための事業・ビジネスモデルを変革します。近年ではデジタル化が進むことによって、新しいサービスやビジネスの仕組みが生まれています。これがDXです。DXによってビジネスプロセスを効率化し、高付加価値のビジネスモデル変革を目指しましょう。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
事例で学ぶ受注の効率化と高付加価値化への流れ ~受注業務から始めるDX~
食品業の受注業務の実態
食品業界の具体的なDX推進の流れを見ていきます。ここでは大手商社やメーカーではなく、頻繁に小口注文が来る中小・中堅の日配品製造業や食品・食材の卸業を例に挙げます。
日配品製造業や食品・食材の卸業の顧客は小売業や飲食店が多く、2019年の経済産業省調べでは、発注方法は電話が69.8%、FAXが87.2%、電子メールが68.1%、Web EDIが22.1%となっています。
FAXによる受注では、FAXで送られた注文用紙の品目を確認し、自社の商品コードを付けて受注入力します。注文用紙は顧客により異なっており、商品名の省略、かすれて読みづらいなど細かな確認が必要になります。また、居酒屋やラーメン店など営業時間が遅い飲食店からの注文の場合、閉店後の夜中に注文FAXが届くことが多く、処理が大変です。
電話による受注では、都度対応となるため受注業務の専任者を配置する必要があります。そして、口頭での対応となるため、伝達ミスに気を使わなければなりません。そのためには、慣れた人員の配置が必要となります。また、FAXによる受注と同様に、閉店時間が遅い顧客からの留守番電話が多く、早出出勤し就業前に対応する必要があります。また、これもFAXによる受注と同様に、注文先固有の呼称で商品名を呼ぶ場合があり、確認の対応が大変になります。
いずれの場合も、トラブルが発生すると、注文先との連絡や確認作業で手間が発生し、生産性が大幅に低下します。特に受注件数が多い企業では、受注状況の把握がその後の工程に影響を及ぼすことになります。そのため、受注の効率化が会社全体の業務効率化のスタートとなります。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
事例企業の受注業務改善内容
1つ目の事例は食品卸売業の企業です。20年以上前に、一部の顧客に対して注文先別のFAXオーダーシートを作成し、配布しました。これにより入力の手間が削減されましたが、オーダーシート作成の手間がかかるため、あまり効率は変わりませんでした。しかし、顧客からは大変喜ばれました。受注の効率化というよりは、お客様サービスになりましたが、この対応が今後生きていきます。
2つ目の事例は食品製造業の企業です。15年以上前に、携帯電話のSMS機能を使うことにしました。当時は営業担当が顧客であるスーパーなどに注文を取りにいき、それを製造ラインの責任者に携帯電話で伝えていました。SMS機能の活用により、都度対応が不要となり、手が空いた時間にまとめて確認できるようになりました。しかし、この時点では受注入力の効率化にはほど遠い状況でした。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
事例企業の受注業務効率化の現状
その後、事例企業の受注入力の効率化がどうなったのかを紹介します。
食品製造業の企業では、LINEを活用するようになりました。LINEデータをクラウドサーバーから注文データとして自動で取り込むシステムを導入したのです。製造ラインに大きなディスプレーを置いて表示することで、作り置きが少なくなり、無駄の排除や品質向上につながりました。
食品卸売業の事例では、FAX-OCRシステムを導入し、FAXオーダーシートの自動読み取りができるようになりました。最近はウェブの受発注システムを導入しました。さらに、LINEを活用した受注連絡を導入することで、個別のFAXや電話対応が大幅に削減しました。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
事例企業における具体的なDXの内容
スライドの図は食品製造業の業務を図式化したものです。卸売業は製造工程がないだけで、あとは一緒です。デジタイゼーション(部分的なデジタル化)は、手書きの書類をコンピューターで自動化するなどの事務処理の効率化です。デジタライゼーション(プロセス全体のデジタル化)では、受注入力の効率化により、他の業務の効率化が進みました。デジタルトランスフォーメーション(新たな価値の創造)では、無駄の排除、品質向上、より良いサービスの提供、働き方改革などが進み、新たな価値を創造する検討が始まりました。
どちらの事例企業においても、身の丈にあったDXを進めました。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
事例企業の高付加価値化に向けた取り組みの流れ
デジタイゼーションはIT部門主体の効率化でした。デジタライゼーションになると、デジタル技術による業務全体の効率化、全社の効率化となります。デジタル技術を使いこなすために、全社的にデジタルスキルを高める必要が出てきます。ここまで取り組みが進むと、新たな価値が見えてくる、または効率化により生み出される新たな価値が意識され、検討が進みます。スライドの図表は経済産業省が公表している「事例に学ぶ“稼ぐ力の鍛え方”」から引用しました。DXとは高付加価値化であり、稼ぐ力なのです。つまり、DXとは稼ぐ力を鍛えるともいえるのではないでしょうか。
最近はウェブやスマホなどデジタル技術やデジタル機器が非常に身近になり、デジタル技術に違和感がなくなったことがDX推進の原動力になっています。自社の効率化が顧客サービスとなり、信頼性の向上につながります。これは非常に重要な点です。また、受注業務がスムーズになることで伝達ミスがなくなり、部門間のコミュニケーションが格段に良くなります。そして、従業員各自がデータを意識するようになります。「データやデジタル技術を使うことは良いことだ」と気付くことができなければ、DX展開は困難なことになります。
なぜ企業のDXは進まないのか?
DXが知られるようになった一方で、「DXが進まない」という話もよく聞きます。2020年12月に出された経済産業省の「DXレポート2中間取りまとめ」では、「日本企業の9割以上がDXに着手できてない」とあります。
DXが進まない要因を挙げました。1つ目は、経営陣のDXに対する認識の甘さです。DXに対する理解不足ともいえます。「うちはまだまだ」などと思っていませんか。2つ目は、DXリーダーまたはマネジャーの不在です。デジタル技術で変革を行うという認識を持った上で、リーダーを立てる必要があるのです。3つ目は、システム統合の考え過ぎです。事例からも分かるように、まずは効率アップ、生産性を高めることを目指します。自分たちのビジネス課題を解決する方法を検討して、その問題解決のためにシステムの見直しや追加変更を行うのです。
DXが進まない最大の要因は、メディアや経済界だけでなく個々の企業も、「DXは既存の価値観や枠組みを覆すような革新的なイノベーションをもたらし、社会全体に影響を及ぼすことだ」と意味を大げさに捉え過ぎていたことではないでしょうか。社会全体に影響を及ぼすといわれてしまうと及び腰になってしまいますよね。そこまで考えなくてもいいのです。自社と顧客とで業務の効率化を進めましょう。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
無理のないDXを進めましょう
紹介した事例企業のように、それほど力まずに、まずは効率化を進めながら、無理のないDXを進めましょう。DX推進は生産性の向上やBCP(事業継続計画)の推進、中長期的な企業業績の向上により、企業の継続・発展につながります。DXとはデータとデジタル技術を活用して経営課題の解決を進める経営戦略のことです。経営戦略というのは企業の目的を達成するためのシナリオ、方策です。企業が継続・発展するために「これからDXをやろうよ」ということなのです。
企業の目的は現在から将来まで継続し続けること、利益を上げ続けることです。事業継続を前提として企業は存続しますから、肩肘張らずに、「我が社はデジタル化社会でどのようなビジネスを行うのか」を考えて、自社のDXを考えていけばよいのではないでしょうか。
講演資料:「食品業(製造・卸売)のDXを考える~事例で学ぶ受発注業務の効率化と高付加価値化~」より
中小企業診断士
ITコーディネーター
星野 雅博氏
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