HACCP

食品製造現場でのコロナ感染予防にも 個人衛生基本の「キ」

食品製造現場でのコロナ感染予防にも 個人衛生基本の「キ」

はじめに

 個人衛生とは必ず“汚染源”と“清潔さを保つべき対象”があり、自身が汚染を食品に持ち込まないために、物理的・時間的な切り離し(separate)をする行為として考えないと、ついつい形式的・儀礼的な期待した効果が望めない個人衛生に陥ってしまうことを前回は「5大信仰」と称してお示ししました。

新型コロナ感染症予防から学ぶ

 今回は、国民全員にとって身近な目の前にある脅威である新型コロナ感染症(COVID-19)の予防を入り口にみんなで考えてみましょう。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は重症急性呼吸器症候群を引き起こすウイルスですから主な感染源は呼吸器である口と鼻です。現在のところ食物由来での感染は認められていないため、感染者の飛沫及び飛沫由来のエアロゾル(空気中に漂う微細な粒子)を口鼻に運び入れる行為を避ければ感染を予防できることがわかります。

 飛沫は咳やくしゃみなど有症症状がある場合、あるいは症状がない場合でも大きな声で話す、歌うなどの行為で周囲に飛び散ります。したがって症状がない場合には“話をしない”だけで感染拡大は予防できます。実際、通勤や旅行などの単なる移動はほとんど感染拡大には影響ないとみられていますが、近い距離で一定時間以上を共に過ごすいわゆる三密(密閉・密集・密接)状態が感染クラスターの大きな発生要因であることがわかっていますね。

 したがって有症症状であればヒトと接触しない、症状がない場合でも三密を避ける、という個人衛生が求められます。マスクは上記のような感染拡大が懸念される状況でのみ有効ですし、前回も申し上げた通り必ずしも完璧な予防手段ではありません。

 もう一つ、重大な汚染源が自身の“手”であることは読者にはよく理解されていることと思います。
飛沫に含まれるウイルスはしばらく不活化せずに残ります。特にステンレス等の滑らかな金属表面では不活化まで時間がかかることがわかっており、手すりや蛇口の取っ手など良く手が触れる箇所にウイルス汚染の危険性が潜んでいます。またもっとも懸念されるのがマスクです。暑い、かゆい、息苦しい、話しにくいなどでついマスクをいじったり、あごに乗せたりする姿を見ますが、こうした行為は自身が感染者ならばせっかくマスクで食い止めた飛沫をも手を介して接触面に拡げることになりますし、逆に周辺の飛沫ウイルスを口元に近づける行為にもなるので、マスクをするならば正しいつけ方・使い方が必須です。

 手洗いはこの“汚染された手”をリセットする行為です。新型コロナウイルスは洗剤で簡単に不活化できますので、さほどアルコール消毒にこだわる必要はありません。ただしせっかくのリセットした手を手すりや蛇口の取っ手で再汚染しないよう、例えばペーパータオルで握るなど注意してください。むやみやたらと手洗いをしても、手荒れを助長するだけですから、“なぜ”を自ら考えて要所、要所で正しく行うと効果的な予防が可能となります。

個人衛生―基本のキ

 さて、食品の製造・調理の現場に戻りましょう。皆さま自身が直接的あるいは間接的に、食品の汚染源とならないようにするために実施するべき個人衛生を考えるとき、まず抑えなければならないのは敵(ハザード)を明確に識別する、つまり“なぜ”を知っておくことです。

 まず生物的ハザードを挙げてみると、ヒトの体表には常在菌として黄色ブドウ球菌がいます。これは傷口の膿(うみ)が繁殖した状態であることで知られており、鼻や頭皮にも多い菌です。したがって手傷がある時に手袋したり、食品オペレーション中に顔を触ったり髪をみだりにいじらないよう顔/頭を覆う理由―“なぜ”はこれです。有症症状は、病原体を有しており汚染源を拡げるわかりやすい指標となります。ですから職場に入る際には、まず黄疸(ウイルス性肝炎)や下痢・嘔吐・発熱(病原性大腸菌をはじめとするいわゆる食中毒症状)、発熱伴うのどの痛み(ウイルス性の上気道炎)、皮膚の腫れ・切り傷・耳や目・鼻からの分泌(膿の黄色ブドウ球菌や、風邪様症状のリステリア症など)を持つヒトは現場に立つことをご遠慮いただく必要―“なぜ”があるわけです。それでも不顕性感染で入場される従事者も一定のリスクであり得るため、ヒトの腸管由来の病原体はトイレットなど非製造エリアから製造・調理エリアに入る際の手洗いを基本として、現場ごとの必要に応じて専用着衣等の使い分けが必要―“なぜ”となります。

 食品の製造・調理現場には、生の原材料(鶏肉やそれ以外の赤肉、魚、野菜等)や製造環境(排水溝、食品残渣・汚れが残りやすい環境ニッチ)があって、特に、そのまま食べられる食品(消費者が加熱調理等をせずにそのまま喫食する食品のこと)を製造・調理しているならばそのオペレーション直前の手洗いはそれら汚染を予防する理由―“なぜ”として考えていただかなければいけません。

 化学的・物理的ハザードの多くは、現場に入るヒトの所持品が原因になり得ます。指輪やピアス、時計など宝飾類、髪留めピンなど個人の手回り品、製造・調理現場での喫煙やガム、スプレーや化粧品の持ち込みなどを禁止するのはこの理由―“なぜ”です。これらは現場作業者だけでなく、管理者や外来者にも適用されるべきであり上述の規範を遵守する前提での入場許可と、その記録が必要―“なぜ”となるわけです。

個人衛生は前提条件

 前回冒頭でお伝えした通り、個人衛生は食品衛生の基本中の基本です。ところがルールベースの現場への押しつけは時に、形式的・儀礼的な期待した効果が望めない不適切な状態を形作ります。こうした状況下では、現場と管理側とは対立の構図となり、本来は同じ目的である公衆衛生の保護とその見える化であるHACCPの前提条件が脅かされています。ぜひ“なぜ”を基本としたリスクベースへの切り替えを、衛生管理計画に反映していただきたいと願っております。

杉浦 嘉彦
 執筆者 

月刊HACCP(株式会社鶏卵肉情報センター)
代表取締役社長
杉浦 嘉彦 氏

【 講師プロフィール 】
株式会社 鶏卵肉情報センター 代表取締役社長(2005年より)
一般社団法人 日本HACCPトレーニングセンター 専務理事(2007年より)
月刊HACCP発行人、特定非営利活動法人 日本食品安全検証機構 常務理事(農場HACCP認証基準 原案策定 作業部会員)、農林水産省フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)ファシリテータ、東京都および栃木県 食品衛生自主衛生管理認証制度 専門委員会 委員、フードサニテーションパートナー会(FSP会) 理事、日本惣菜協会HACCP認証制度(JmHACCP) 審査委員、日本フードサービス協会 外食産業 JFS-G規格及び手引書 策定検討委員、その他多数

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